2015年01月10日

脳卒中(高血圧性脳幹出血)その後

2014年4月11日に倒れて、6日入院後奇跡の復活を遂げたのだが、後遺症はほとんどない。
気づかないくらいの痺れを右手に感じる程度。

脳幹という神経が集まっている場所なので、医者も手術はやりたがらないところらしい。
処置は黄色い止血用と透明な点滴を注入するだけだった。
あとは元々母が高血圧で、遺伝からの高血圧を下げるだけの治療しかなさそうだった。
降圧剤を飲み始めるとやめることができないと聞いていたので、3年くらい前から高血圧とはわかっていたが避けていた。
いよいよ薬を始めなければ死んじまうなら始めるしかなかった。

2012年の12月の日記にこう書いてあった。
右手の薬指と小指の痺れが一週間ほど続いている。なんだろう?
その後、痺れはなくなったが、おそらく多少なりとも出血していたのかもしれない。
その1年半後に出血して立てなくなるくらいに気持ち悪くなった。

当時のことを忘れないように記そうと思う。
4月11日は金曜日で、埼玉の野田線上にあるお客様の所におじゃましていた。
室内犬がうるさく、熱いお茶とお客様が吸うタバコで部屋が曇っていた。
お茶を飲んだ時に少々気持ちが悪くなったのを覚えている。
客先を出た時、あたりはすっかり日が落ちてとても暗かった。
風邪のような気分の悪い状態で駅まで歩き、野田線から湘南新宿ラインに大宮で乗り換えた。
乗り換える前にエキナカの薬局でリポビタンDを買い、常時携帯しているパブロンを飲んだ。

湘南新宿ラインは混んでいて座ることは出来ず、つり革に捕まっていた。
赤羽に差し掛かる頃に気持ち悪さはピークに達して、一度降りることにした。
ドアが開いて人をかき分けながら出ようとした際に、頭をあげられることが出来ないほど気もちが悪くなっていた。
左右にフラフラしながらホーム中央まで降りた時には立っていられず、営業かばんを抱えながらうずくまった。
左に降りる階段があったので、いつまでもホームにいるわけにはいかないから、少しずつ階段を降りた。
運良くトイレが降りた右側にあったので、トイレに入った。
上からも下からも出した。
それでも気持ち悪さは収まらない。
かといっていつまでもカギをかけたトイレの中にいるわけにはいかない。
脳に来てる。もう脳がおかしくなってることは分かった。
気を失ったら、トイレでしばらく発見されないだろう。

トイレの入口まで歩き、座り込んだ。
金曜の夜なので、サラリーマンが沢山いる。声をかけようと手をあげようとしても声が届くほど大きな声がでない。
しばらくするとある若いサラリーマンが水のペットボトルを持ってきてくれた。
酔っぱらいだと思ったようで、飲んで下さいと声をかけてくれた。
「脳が出血してるかどうにかなってるので、駅員を呼んで下さい」と頼んだ。

しばらくして、駅員が駆け寄ってきてくれて、救急車も呼んでもらった。
そのまま意識があるまま、東十条の病院に運ばれ、MRIを受けた。
「出血しているので、このまま入院です」
明理会中央総合病院 http://www.ims.gr.jp/meirikaichuo/

一週間くらいで退院出来て、今は元気になっております。
あの時助けてくれたサラリーマンの方々、駅員さん、救急車の隊員さん、病院関係の先生看護師さん
ありがとうございました。
posted by 総二郎 at 11:19| 神奈川 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 誰が知っているのか? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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